泳ぐ鹿の話

今日のニュースから──。


長崎の離島、対馬
その陸から500m離れた海上で、海上保安部の巡視船が見たものは……
鹿だった。
対馬に生息する野性のツシマジカが、海を犬かきで泳いでいたのだという。
それから5分ほどかけて、無事に上陸した鹿は、勢いよく斜面を駆け上がり、山に帰っていったという。


なぜ鹿は海に入ったのか、なぜ泳げたのか。
いつどうやって犬かきをマスターしたのか。
いったいどこからどこまで、どのくらい泳いでいたのか。
なぜ泳ごうと思ったのか。なぜ泳いでいるんだ俺はと疑問に思わなかったのか。
泳ぐ鹿なかったのか?
巡視船に乗った人たちは、見かけたときどう思ったのか。
なぜ救助しようとは思わなかったのか。
鹿の救助は、いったいどうやってやったらよいのか。
実はそんなマニュアルが存在するのだろうか。
巡視船はただ見ているだけだったのか。
鹿は見られながら何を思い泳いでいたのか。
陸に辿り着いたときどう思ったのか。
辿り着いたとき人はどう思ったのか。
辿り着いたと知ったとき、私はどう思ったのだろうか。


結論。
なりゆきはどうであれ……
泳ぐしかないから泳いでいたのだ。
泳いでもらうしかないから、泳がせたのだ。
それは、親と子の関係に似ている。きっと。