美容師で写真家のすごい人

雑誌「ピクトアップ」の最新号が届く。
栗山千明さんの表紙写真がとても素晴らしい。
素晴らしすぎて、撮影者クレジットを見た。
写真を撮ったのは、林ようこさんだった……。


私が編集者をやっていたころの7〜8年前。
笹塚という町に住んでいたときに、近所だった下北沢を散歩をしていて、オープンしたての美容室を見つけた。
そこは古い2階建ての建物(下は酒屋さんか何かだった)の2階にあり、引っ込み思案の私がそんな見ず知らずの階段を登ったのは、階段にいくつか、変わった写真が飾られていたから。
いわゆる──美容室に飾られているカットモデルを明るくバシッと撮りました。こんなカットがウチでできまっせ!──的な写真ではなく、なんだか荒削りだけど「何かやってやろう」という気概に満ちた写真だったから。
これを撮ったのは、この美容室をやってる人?
と興味を持って、店のドアを開けると、そこは2席しかない小さな美容室。
壁が黄色で、全体にポップ。
女の子ウケがよさそうな美容室だったので、一瞬、ドアを開けたことを後悔した。
しかも、女性の髪を切っていたその店の店主に、入店を断られた。
「いま、ちょっと手いっぱいで……」
店で働いているのは、彼だけだった。
まさか客として断られるとは思っていなかったので、そのことが自分でもおかしく、また、断った彼のいっぱいいっぱいぶりが妙におかしくて、後日、また訪れることにした。


後日訪れたとき、たしかそこに、林さんがいた。
客ではなく、客の髪を切っていた。
美容師さんだった。


階段、そして店内に飾ってあった写真たちは、その店を営む店主の赤木さんと、その店の唯一の従業員・林さんがユニットを組んで撮ったものだった。
「写真の仕事もしたいと思っている」、と、二人は言った。
そこで、この美容師さんたちに、当時創刊したばかりの「ピクトアップ」の写真を撮ってもらうようになった。
最初は赤木さんがメインで、林さんはアシスタント的な関わり。
だったけど、林さんは林さんで、才能がある気がして、思い切って「林さん1人でお願いします」と、堤幸彦さんの写真を撮ってもらった。
そしたらその写真がとてもヘンで、ヘンすぎてなんだかすごい写真になっていた。
目線が、独特なのだ。
大胆で、繊細で、ちょっとイジわるな感じ──。
いつか大成したら、ものすごい大成のしかたをするんじゃないか、とは思っていた。


そして、それから5〜6年後……の今日。
ソロ名義で撮っているピクトアップの表紙(と中面のグラビア)で、感動的なほどの大成ぶりを発見。
構図や被写体の切り取り方にセンスがあるのはもちろん、栗山さんの目ヂカラに拮抗するかのような、写真家の気迫が滲んでいた。
そこには何か切実な表現欲みたいなものがあったはずで、それを勇気を振り絞って出して、被写体に迫った感じが、とても感動的──。


あのとき、勇気を出して店に入って良かった。
向いてない編集者をやってた甲斐があったとさえも思えて、なんだか涙が出るほど嬉しくなってしまった。


そんな林&赤木コンビは、今も、下北沢で美容師をやっている。
美容師で写真家。
その存在のかっこよさは、これからもっと多くの人に知られていくだろう。